甘粕正彦 乱心の曠野 読了

読了。後半はスルッと読めた。前半のグダグダした展開とは随分違う。終章の関連人物のその後の話が興味深い。結局のところ大杉事件で連座した他の憲兵満州に渡っていること(そして甘粕との交流があったこと)、また、渡らなかった一人が村長となり、出自を隠し続けたところは興味深い。作者の作りがあるんじゃないのか?というぐらい話ができすぎている感も否めないが、同期の陸士が死ぬ前に大杉事件の真相を告白し、存命の甘粕家の遺族に伝える話などはドラマチックで感動的ですらある。終章にこんなエピソードを持ってくるのはずるいな。
本書には甘粕正彦と接点があった人間で存命の方の言葉が残っている。おそらく今後これ以上の甘粕正彦に迫った本はおそらく出てこないであろう。惜しいと感じたのは、この本では側近の人々にフォーカスしすぎて「満州の夜の支配者」っぽく見えない。酒を飲んで暴れたという描写はあるが、この本だけでは単なる呑んだくれにしか見えず「夜の支配者」の説得力は感じられない、「歴史上の大物との交流」の記録を本書に期待すると肩透かしを食らうことになる。だが、本書の言葉を借りるなら「歴史は真実を伝えない」ということだろうか。

本書の甘粕正彦自身の言葉より引用:
歴史は決して真実を伝えません。つまらない男が偉大な人間のように扱われたり、本当は立派な人間が名も現れず埋もれたりするのです。歴史の記録は表面的であったり、時々偽りだったりします。真実が埋もれたままで歳月の経過によって忘れられてしまう場合がしばしばあるのです。

この言葉を甘粕自身が語っているのが全てであろう、公表できない秘密を抱え、メディアスクラムにより汚名を着せられたが、教養があり(満映に対して)面倒見の良く、また家族とは関わりが限定的であった人物であったことが本書からは伝わる。満州の胡散臭い空気までもが伝わる大変な労作だ。