警視庁情報官 シークレット・オフィサー (講談社文庫) 感想

警視庁情報官 シークレット・オフィサー (講談社文庫)
年末にいろんな本屋さんで平積みになってた。
しばらく気になっていたが、帯に佐藤優の「この小説のリアリティに戦慄した。本物です」というコメントがついてて、読みたくなった。どうやら2008年頃に出てた本の文庫化らしい。
で、読んでみた感想。
本書を小説と思って読んではいけない。
9.11や、北方領土返還交渉をめぐる情報については外務省側から、すでに佐藤優が書いている。使い回してるんじゃないかと思うぐらい書き尽くしている。
この本は奇しくも(狙ってやってる?)その時期を「警察官僚側」からの目線でかいてある。やはりノンキャリア(というより「専門職」と書いたほうがいい)からの目線の話のように思える。
「思える」というのは本作が「小説」であり、おそらくはかなりの部分が作者の経験に基づくものであろうが、おそらくは以下はフィクションが入っている
・主人公の黒田が異常なまでのスーパーマンだったり(ノンキャリアだけど出世が異常)
・主人公の黒田がモテモテ、国内でもモテモテ、アメリカに行ってもモテモテ
・主人公の黒田の性格が非の打ち所が無い
おそらくは、著者が体験談を語りたいが、自分のことを語るのを何らかの理由で避けつつ、文書化をしたというところだろうか。
そのためには主人公が「著者自身」であってはいけない。著者が体験した業務を追体験する「架空の人物」を作り上げる必要があったのではないだろうか。
実際に奥付を見ると
著者の濱 嘉之は1957年生まれ、とある。
主人公の黒田は平成元年(1989年)に早稲田の政経を出て「巡査として警視庁」に入ってることになっている。
1989年は「濱 嘉之」氏は32歳、この年齢で大卒ってのはさすがに考えづらい。
つまり、主人公の出世のスピードは+10年ぐらい下駄を履かせている可能性はある。まぁこれだけ関わった仕事について丁寧に書いてあるので近くで仕事してた人にはバレバレなんだろうが。
奥付には2004年には警視庁警視で辞職、とある。これは47歳で辞めたことになる。
wikipediaの佐藤優の項にも「国際情報局分析第一課主任分析官(課長補佐級、佐藤のために急造されたポストといわれる)」とあるようにある種の特殊能力が認められる「専門職」は放っておいても居場所が作られるのだろう、おそらくは。この「濱 嘉之」氏もこういったポストを作られる経験をしたある種の有能な(あるいは作った側の)人だったのではないだろうか、本書にも人事についてはそこかしこに出てくる。実務に必要な人材を「必要な部署につなぎ留める人事を掌握する」のがキャリアの重要任務だというのがよくわかる。。。とここまで書いて気づいた。よくよくみると人事の話は詳しいが、実際の業務の泥臭い箇所が薄い。主人公はあっさりと覚醒剤所持の犯人をいつの間にか逮捕したりする。あれ?もしかして現場の苦労知らずなのか?それとも小物の逮捕は当たり前すぎて書く必要がないと思ったのか?
このへんで、なんとなく「著者はたぶんキャリアだったんだろうなぁ、こんな言うことを聞く有能な若手が欲しかったのかな?」という感じが漂ってくる。


このへんの事情を頭に入れると本書の読み方が変わる。
「主人公はフィクション」それ以外は「貴重な資料価値がある」
面白いのが「外務省の情報機関を評価していない」と読める点があること


平成10(1999)年の秋、公安部長の話

「確かに内調では、あてにならないしな。外務省は問題外、防衛庁(現・防衛省)はアメリカのいいなりだ。やはり警察がやるしかないんだが、なかなか新設のポストは創れない」

内調=内閣情報調査室
平成10年は「濱 嘉之」氏は多分42歳、だから、辞める5年前。
他にも興味深いのは、情報に対して「宗教」の重要性を認識していること(佐藤優のように神学のバックグラウンドがある情報屋ではなく「普通のインテリジェンスの小説」でこの話題に踏み込むのは本当に意外だった)
とはいえ、9.11やオウム事件なんかも扱っているので、公安の話としてはこの話題は不可避なのか、と、認識を改めた。
終章に原発絡みの話で、ようやく小説らしい展開が出てくる。が、が、が、そんなの要らない。これは公安の貴重な資料(それこそ、オシントのネタ)として機能すれば十分だ。
大変、著者に興味が湧いた。他の著作もあるらしいのでぜひ読んでみようと思う。

2012/2/28
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気づくのが遅れ、大変申し訳ないことをした。お詫び申し上げます。