物理学者、ウォール街を往く。の感想(後編)

ベル研究所からゴールドマン・サックスへ転職した彼は、プログラムに関することなら何でもこなす「何でも屋」として金融屋のキャリアをスタートさせる。
彼の仕事はオプションという金融商品の開発であった。
オプションという金融商品を「作る」際にはオプションの価値と金利の変化を対応する「数値化されたモデル」を使用する。
トレーダーは扱うオプションの価値を予想するのではなく、モデルを使い計算により得るらしい。
もっとも、モデルを信用しないトレーダーもいるらしいので、これが全てとは言い切れないようだが。
彼はそれまでのプログラミング経験を買われ、これらのモデル作成を行っている。
こういう職業をクオンツと呼ぶ、というのを不見識な私はこの本を通じて初めて知った。
彼は、ブラック・ショールズ方程式の作者「フィッシャー・ブラック」と共に働き、晩年の彼の生涯を伝え、あろうことか、ノーベル賞を与えなかったことに文句までつけている。
その後さらに2度の転職を行い(1度転職には失敗している)、最終的にゴールドマン・サックスへ戻ってきた彼はSeptember.11の事故の直後についに、アカデミックな世界(しかも、自分の出身のコロンビア大学大学院)へ復帰する。
それは、彼がかつて熱望していた物理学者として、ではなく、金融工学の世界のスペシャリストとしての復帰である。


実際のところ、後半の計量モデルの世界は(私には)なれない言葉が多く、完全に理解ができたとは言い難い、しかし、説明は丁寧だと感じる。
その語り口は懇切丁寧に物理の世界の人間に、実用的な「金融というバトルフィールド」で、物理屋や計算機屋がどう考えれば役に立てるのかを説明しているように感じられた。
物理学と金融工学での考え方の違いもきちんと説明してある。
特に最後の章の金融の世界に統一理論は存在し得ない。という違いについて述べてあるところが興味深い。
物理学では全てを説明できるような根本的な、現象を追求するのに対し、
経済の世界ではもっと即物的な「役に立つモデル」こそが評価されるべき
と言うのはこの本を読み解くキーワードなのかも知れない。
最後に文中で気に入ったくだりを以下に引用する


「企業弁護士やウォール街のセールスマンが、(中略)私はひそかに彼らが仕事の物質的な恩恵にしか焦点を当てていないことを嘲笑した。物理学の世界では、人生そのものが恩恵なのだと私は思った。」


「知識のない人は、その作業(ソフトウェアを開発すること)を一群の記号から別の記号へのたんなる翻訳であり、知能を使わない作業であり、機械的にできる「コーディング(コード化)」と読んでいた。一方で、その作業が好きな人は誰に恥じることなく、自分たちのことを「プログラマー」と呼んだ。他人がなんと呼ぼうが、私はプログラミングを純粋な活動の一つであると理解している。それは言葉による真の建築である。科学者の友人とビジネス界にいる友人というまったく正反対の立場にいる人が、両方ともプログラミングを見下すような態度をしめした。彼らはプログラミングが、物理学を研究すること、または金を稼いだりすることよりも劣っていると考えていた。しかし私はプログラミングと恋に落ちていた。」

おまけ:気になった誤訳
頁/誤?/正?
93/P.ダイラック/P.A.M Dirac ディラック(まぁ現地ではそう発音するかもしれないが)
170/BNF(Backus Normal Form)/Backus Naur Form
216/オブジェクトC/Objective-C
222/均衡/平衡(equilibriumの訳語ならこの意味のほうが適当か)