サイエンス入門〈1〉Richard A. Muller

「サイエンス」とあるが、本書の「はじめに」の最初には次のように書いてある

物理学は、いわば、ハイテクを知るための教養課程です。
(中略)
本書の目的は、物知りのアマチュア物理学者を作ることではありません。将来世界のリーダーになる人に意思決定を行うために必要な知識と理解力を身につけてもらうことです。計算が必要ならいつなりと物理学の教授を雇えば良いのです。とはいえ、物理学を知っていれば、物理学者の言うことが正しいかどうかを、自分自身で判断するために役立ちます。

サイエンス入門というのは邦題で、原著は「Physics and Technology for Future Presidents」(未来の大統領のための物理とテクノロジー)で、政治家に判断材料を与えることを目的としている。
内容はさすがで、

  • エネルギーと仕事率と爆発の物理

最初が「エネルギーと熱の定義(覚える必要なし) から始まる。こんな物理の本は初めてでワクワクする。エネルギーの比較が偉く興味深い、
TNT vs チョコチップクッキー 、電池 vs ガソリン、電池式自動車、ハイブリッド車、水素 vs ガソリン、ガソリン vs TNTウラニウム vs TNT
なるほど、エネルギー政策を決めるに当たり確かに知っておくべき内容に特化していることがわかる。

  • 原子と熱

これほどまでにわかりやすい、エネルギーの解説は初めてかもしれない。式はないので理想気体の式とか、ボイル・シャルルとか、そういう話は一切出てこない。が、大事な話ばかりだ。
光速の「秒速3億メートルは早いか遅いか」という話で目からウロコが落ちる。すいません、こういう風に考えるとは知りませんでした。
熱力学の第ゼロ法則について、丁寧に解説をしている。アタリマエのことだと思っていたが、時々目からウロコの話が出てくる「第0法則に従って宇宙に逃げた、地球の水素」とか。

  • 重力と力と宇宙

普通の物理の本では最初に出てくる力学が、3章目で出てくる。これだけでも本書が非常にユニークな本だとわかる。この章はさして、注目すべき話はない。

非常に素晴らしい。
放射線放射能の説明、放射線の単位の話、放射線とガンの話(線形仮説による発生率の話)放射線によるガンの治療の話、環境放射能の話、人体にも放射能がある(K40のこと、実はわかってるつもりで、分かっていなかったことに気づきました、恥ずかしい)核分裂の話、核融合の話(DT反応)
どれを取っても、政治家じゃなくても今の日本人にとって大事な話です。何でこんなことを理解するのが大事な世の中になったんだろう、と思ったりもするが。

これが前章と比べて、これまた非常に素晴らしい。
核兵器の基礎知識、原子炉、プルトニウム経済、プルトニウム製造のプロセス、プルトニウムの危険性、CANDU炉、高速炉、高速増殖炉の違い、さらには、オクロの天然原子炉にまで言及している。
チャイナ・シンドロームー想定上最悪の原子炉事故 の項は、残念ながら、日本で既に進行中の話題でここは胸が痛むが知っておくべき内容である
「避難活動のパラドックス 発がん率1%は多いか、少ないか」という項では、発がん率が20%から1%上がった場合の想定を書いてある。大事な話なので、少し詳しく引用する

つまり、ここに10年住み続けた場合、がんで死ぬ確率は約20%から21%に増えます。この地域の立ち入り禁止措置は続けたほうがいいのでしょうか。リスク増加は大きくないような気がします。しかし、この地域に100万人が移住したと仮定してください。癌になる確率が1%余計に増えるということは、1万人の人が死ぬということなのです。
(中略)
住む場所を自分で選ぶという渡しの権利をもし政府が認めないとしたら、それは不当なことなのでしょうか。結果的に言えば政府はその判断で1万人の人の命を救うことになるのです。

日本では、今まさにこの選択が現在進行中で、今日も、新しい避難区分けがニュースになったばかり。この本を読んでも正解(誰にとって?)に達することはないが、線形化説と被曝量で自分の意思を決める(腹をくくる?)のは大事。知らないほうがいいという人もいるだろうけど。
ちなみに前項の放射線の影響も含めて、地震前に書かれた本なので「リスクの見積もりが甘い」と感じました。現実はこんなもんじゃない、と、今なら言えます。(が本書が出版された当時はこういう知識すらなかったでしょう)

  • 電気と磁気

発電絡みのエネルギー政策の話をこれまでの章で語っているので比較的退屈。送電方式で、交流が勝る理由とか、磁気浮上のリニアの話とか、確かに日本でリニアは進行中だから政治的に大事か?という感じもするが、日本の場合JRが「俺が頑張る」という感じで行政を当てにしてない感じもするんだが。

これまた素晴らしい内容。
地震津波の話について、書いてあり、今更読んでも遅いんだが、でも読んでおくべき話でした。
ロズウェル事件とか書いてあるけど、アメリカのUFO事情が好きな人向けで、まぁ、物理屋さんはこういうの好きだねぇ(ほめことば)


アメリカの物理学者が3.11の前に書いた」本で生物や、化学的な見地からの言及はないことに留意しておく必要はあります。今の日本のために書かれたわけではないため、些か情報の古さもあるが、基本的な考え方が変わるわけではないので、この点に価値が持てるかどうかで本書の評価は変る。
1というからには、2は出るのかな?
期待したい。