サイエンス入門 [単行本] Richard A. Muller

昨年発行された、サイエンス入門 <1> の続編が発行された。前作に続けて、大変すばらしい内容である

最初に光のハイテク応用例から入る。ウマいと思う。応用例から入らないと、興味のない人には何のために勉強しているのかよくわからないからだ。
この進め方は本書に一貫していて、教養レベルでこういう話し方をされると、そりゃ学生は夢中にもなるだろうなと、思う。
この章では、一般的な波の話から、ピンホールカメラ、レンズ、プリズムの話。と続く。
蜃気楼の説明は、初めて読んだ。というか、スゴい。目からウロコな話。
回折の説明から、偵察衛星の解像度の話へつながる。偵察衛星の軌道がどういう位置が望ましいか、その場合のトレードオフは何なのか、と、この辺は physics for future president の通りで、為政者に知っておいてもらいたい物理学となっている。
偏光の応用として、LCDや3Dメガネを出しているのはさすが。

  • 不可視光

暗視双眼鏡で(その実態は赤外線スコープ)見た話から始まる。何を見たのかというと、メキシコから入ってくる不法入国者。最初のエピソードから physics for future president だ。赤外線の話なので、当然のように熱放射の話から入る。と、思ったら、黒体放射に少し寄り道をしている。
赤外線放射物体を追尾するスティンガーミサイル、の説明でアフガニスタンタリバンの話が出てくる。これが、なぜ怖いかというと、赤外放射を追いかけるからだ、と、丁寧に説明してくれる。本当に為政者向けの話だ。
可視光の外側の領域の話ということで、赤外の次は紫外の話となり、紫外線とオゾン層の話になる。
続いて、マイクロ波(セットでレーダーと電子レンジの話が出る)X線ガンマ線と、普通の分光の話に進まず(!)、MRI、CATスキャン(CTスキャン)、PETスキャンと応用例へ話が進む。
PETというのを初めて本書で知った。陽電子放出断層撮影法、なんだそうな。陽電子を放出する可能性のある原子(C11など)を追跡するのに、対消滅で発生するガンマ線の分布図を作るんだそうな(そうすることで体内でC11が吸収された位置の分布図ができる)

  • 気候変動

著者は、全米科学アカデミーの依頼を受けて地球温暖化の証拠見直しを手伝った人物らしく、大変冷静な議論を展開する。正直、この章だけで金がとれるぞと、思った。物理の本でこの内容を書くのはもったいないくらいにすばらしい。

    • まずIPCCによる科学的「コンセンサス」を正しく知ることが重要

から始まる、一連の議論は非常に厳密かつ明快である。
明快と感じる理由は「何がわからないか、わかっていないか」を説明してくれているからなのだろう、特にCO2による温室効果への以下の説明は素晴らしい。

CO2によって、大気中の水蒸気の量が増えるとおそらく雲の量が増えるはずです。雲は太陽光を反射しますから、気温を下げる働きをします!雲の影響を知るのは容易ではありません。というのは雲量をはかる良い方法が未だ発明されていないからです。事実、雲が温室効果のほとんどを帳消しにする可能性もあるため、IPCCは自らの分析結果に対して慎重な姿勢を取っているのです

IPCCの肩を持たず、安易な批判に走らず、アルゴアの不都合な真実の間違いを指摘し、石油資源と代換エネルギーと比較する、素晴らしい説明。
CO2の地下貯蔵だけは、少し異論ありだが、それ以外は慎重な話が続く。

ほとんどの専門家は数年間地下に留まるものなら、何千年間でもずっと留まっている可能性が高いと考えています。

地下貯蔵で何千年も(?)って、場所を選べばそうなんだろうけど、地震国にいる身としてはそこまで楽観的には考えづらいな。

  • 量子物理学

珍しく、応用例から入らない。
波と粒子の二重性の説明から入る。波束は出るが「ドブロイ波」という言葉は出ない。量子力学特有のあの小難しい式がいっさい出てこない、二重性と量子化の話の次は、応用例に入る。
まずレーザーの説明に入る。コヒーレント光の説明から、レーザーの応用に話が進む。
正直なところ、量子と接点は、まぁ無いとは言わないが少ないが、バーコードリーダーや、レーザー兵器、レーザー制御の核融合炉など(レーシックも説明されている)
続いて、光電効果の話に入る。これは応用範囲が広いので、応用の話のみ、レーザープリンター太陽電池など、そこから半導体の話題、超伝導体へと入る。
ええと、この話すべて、普通の量子力学の教科書には載っていません。ものすごい応用例のオンパレードで、さすがにこれだけ応用例を並べられると、量子力学が大事なんだなと、嫌でも思うでしょう。
これらの応用例を一通り説明してから「量子力学をもっと深く知る」と題して、「普通の物理学科の学生が習ったことのある量子力学」の話が出てきます(が、例によって計算は出てこない、トンネル効果の話は出るけど)捉え方次第だと思いますが、ほとんどが「前期量子論」の範囲で、不満に感じる人もいるのではないでしょうか。
量子コンピュータの説明がなかなかドライで、将来の為政者向けの説明として、適当なのかもしれません(できるかどうか、わかりません、と言っている点が)

これまた、応用例から入らない。教授と学生の「時間」の問答から始まる。
量子力学で、ブラもケットも出なかったのと同様、クリストッフェル記号は出ない。となると、アインシュタイン方程式の説明が難しくなりそうだが、と思って読み進めると、テンソル式がいきなり出てくる(やはり出てきたか)続いて、測地線も、光円錐も説明しないで、「同時を観測できない」という説明を展開する(これは見事だと思った)
応用分野にも触れてて、GPSの話が出てくる。この辺は相対論の本では、恒例なので普通な感じがする。

  • 宇宙

応用分野は無いが、太陽系、ブラックホール、銀河系の話をして、ハッブルの法則に触れる。そして、ビッグバンの話をして(インフレーションの話は無い、確かに一般向けじゃないし、未来の大統領に必要な知識ではない)
相対論と宇宙論(cosmology)は、応用範囲が乏しいのでこの本の中ではトーンが変わる。しかし、本書で一番驚いた文章は、この章で出てきた。
この章で一番驚いたのは次の文章

わたしは、カリフォルニア大学バークレー校で、この膨張速度の減速を測定する計画を立ち上げました。この計画は、結局わたしの、元教え子のソール・パールミュッターが引き継ぎました。これは、距離の違う銀河を精密に観測して、銀河が減速する際のハッブルの法則に基づく変化を見つける、と言うものでした。

本書には書いていないが、この測定が「減速した膨張」ではなく宇宙の加速膨張を発見し、2011年のパールミュッター博士のノーベル物理学賞へと繋がる。このプロジェクトの創始者(の一人?)だったとは、知らずに読み進めてしまった。専門がこのジャンルだとすると、随分と見識が広いんですね。と、驚いてしまう。


そう考えると、この本の帯に書いてある言葉のスゴさがわかる。

普通の物理学専攻の学生は、本書で取り上げているような事柄については知りません。核兵器、バッテリー、レーザー、X線、ガンマ線などについて、ほとんど何も知らないのです。ためしに物理学科の学生に、核兵器がどうやって爆発するのか聴いてみてください。高校の頃に既に学んだ以上のことは、答えられないでしょう。
この講義によって、物理学がいかに面白いか、そして現代の国際問題とどのように関係しているのかを知ることができます。

この好戦的な文章はおそらく事実で(だから、かつて物理学科にいた俺が夢中になって読んでしまったのだが)恥ずかしながら本書で知った知識は大変多く、世界にはホントにスゴい授業をする人がいるもんだなと、何度となく感心した。
X線や、ガンマ線は著者の守備範囲としても、それ以外は宇宙論とは縁遠い話であるところが、著者のスゴさだろうか。世界を語るツールとして物理を操るところが本書のスゴさであり、悔しいぐらいに面白かった。ホントに。文句なしに凄い本だ。