ウォール街の物理学者

しばらく積ん読だったのだが、最近部屋の整理をしていてパラパラとめくったら、止まらなくなった。凄く面白いじゃん。物理学者が統計手法を駆使して金融の世界に入る話。クォンツの話なのか、というと、そうではない。
過去にエマニュエル・ダーマンの本を読んだときよりも衝撃的だ。
各章ごとに、主役がいてダーマンも登場する。

シェリエは初めてランダムウォークな相場のモデルを作ったのだと、紹介される。一定時間後に特定の価格になる確率は正規分布に従うはずだと。
サミュエルソンはそんな17世紀のバシェリエの業績を紹介する。

    • 2章 オズボーン

オズボーンが、一定時間の後に正規分布に従うのは、「価格」ではなく「収益率」である、と。株価については、対数正規分布に従うはずだと、バシェリエのモデルを修正する。
このオズボーンと言う人はとてつもなく優秀な人だったらしく、本業の物理以外でも興味深い成果を出している。鮭の泳ぎの効率の問題とか、普通では考えつかない題目で論文を書いている。

超大御所の登場である。2010年に亡くなったが、その功績は強烈で未だ色あせない。何せ、バシェリエやオズボーンが言った株の収益率が従うのは正規分布ではない、コーシー分布だ、と根底から否定する。ファットテールなこの確率分布は飛び値が大きすぎるため、平均値が無い(無理矢理計算はできるが、意味を成さない)そして、大数の法則に従わない、かなり困った分布で扱いに困るのだがマンデルブロによれば「これが正しい」となってしまう。
その他にもジップの法則フラクタルなどの重要な概念が出てくる。マンデルブロと言えばフラクタル、例え金融が題材であっても、だ。

    • 4章 エドワード・ソープ

これまでは理論を語る人たちであったが、ついに実践する人が出てくる。ヘッジファンドを立ち上げた物理学者ってだけでも凄いのだが、その黎明期に光を当てる。場所はラスベガスで、ブラックジャックであり、ルーレットだ。何より、この人物が凄いのはシャノンに(あの、クロード・シャノンに)相談し、ルーレットで一緒に必勝法を試してみようと言うところだろう。
その後、ワラント債へ話は進むのだが、カジノの延長線上に債券が出てくるのが面白い。ランダムウォークという点において両者は同じなのだ。他にもこの章ではケリー基準、つまり「手持ちのお金の何割をそこに賭けるべきか」という重要な概念が出てくる。素晴らしい。

    • 5章 フィッシャーブラック

ブラック・ショールズ方程式がついに出てくる。言うまでもなくオプションの価格を決めることができる式だ。本章ではその作成過程の一部始終が語られる、ブラックの経歴が面白すぎる。最初のページで「こうして彼はハーバード大学を追い出された」から始まる。そこから、フィッシャーに出会うまでがやたらと長い、面白い。

彼は最初から、我が道を行くことしか頭になかった。必要な課題は放っておいて、自分が面白いと思ったテーマの論文を勝手に書いた。基礎科目を何ヶ月か受講した後、早くも大学院の授業を受けることにした。

いろいろおかしい。専攻を変えまくって、追い出されたのに、質問応答のシステム開発をして再入学を認められる。そこで指導教官パトリック・ショールズにやっと会う。
そして、フィッシャー・ブラックの式が作られ、認められ、ダーマンに改修される。これらの過程がブレトンウッズ体制の終焉や、LTCMが破綻する話と並行して語られる。

    • 6章 ファーマーとパッカード(そして、インガーソン)

この章は異質に感じた。複雑系を扱っており、サンタフェ研究所の研究者がそのまま金融に入っている、自然なような、不自然なような。これまでとはアプローチが違って、確率分布など論じず、対象がブラックボックスであってもモデルを作りだす。さすがはカオス。
この章で初めて、アルゴリズム的な取引が言及される。モデルとアルゴリズムで、だいぶ近代的な話になってきたように思える。

なんだ、この化け物のような人は。一応、地球物理学者というカテゴリーになっているが、地震などの臨界点の研究が、バブルの崩壊と近似する?など誰が真剣に話を聞くのだろう、と、思ってページをめくるのだが、めくるたびにため息が出る。世の中に天才はいるものだと感心する。複雑系フラクタルの知識があると、こういうことができるのだろうか?崩壊のためのパターンを彼は見出だせるらしい。実績もある。何よりマンデルブロの発見していたファットテール(見つけていたものの、どう予測に繋げてよいものかわからない代物)を、予測した、ということがこの章のポイントか。あらゆる意味でマンデルブロの後継者のようにも読める。

    • 8章 マラニーとワインシュタイン

消費者物価指数の話、時代とともに物価は変わるものの物価の対象となる「モノ」は時代とともに変わる。スマホやPCや携帯電話の無かった50年前の物価と、今の物価を単純比較は難しいだろう。そんなことはみんな分かっているのだが、巧いやり方が見つからない。例えば、日本の総務省では5年ごとに計算方法を改訂しているらしい。そこへ、挑戦する話である。単純比較ができなければ、物差しの理論があれば良い、というわけでゲージ理論が出てくる。曲がった空間の説明があって、ゲージ理論の説明が続く。。。もちろんワイルが出てくる。うーん、、なんか違うような、無理矢理感が若干漂う、が、確かに計算方法として使えないことも無いような?確率に対して使っていいのかな?よくわからない。この章は金融よりも経済を扱っている。

    • まとめ

著者も述べているが金融の歴史に物理学者がどう光を当ててきたのか学べる良書だと思う。物理に興味が無い人には全く面白みがないと思うが、本書に出てくる物理学者はキラ星の如く大スターたちである。積ん読にせず、さっさと読めば良かった。