球童 伊良部秀輝伝 田崎健太 著

やっと、読み終えた。一気には読めなかった。著者はこのとき、最期のspaの記事を書いた人だと知って、本屋を何件か巡って買ったはずなのに、なぜか、しばらく読む気にはなれなかった。ふと、思い出したかのように読み始め、そして一気に読み切ってしまった。悲しい話ではあるが、知ってよかったと思う。著者には感謝だ。


伊良部秀輝の実像を浮かび上がらせる労作。
子供時代から、高校野球、そしてプロ、メジャーリーグへ、阪神へ、そして、二度の引退。彼が辿った道のりを淡々と書き綴る、どの時代にも人の優しさに飢えた伊良部がいる。これほどまでにメンタルの弱い男だったのかと、驚くほどだ。
メンタルの弱さがピッチングの不安定さに繋がっていたはずだが、野球ではプロ入り後に成長を遂げる。牛島に師事し、バレンタインが来た頃から抜群に成績が良くなり、日本球界を代表するような存在になる。ピッチングに夢中になっていた時は己の制御ができていたのだろう。引かぬ、媚びぬ、省みぬを体現した男。マウンドと、その周辺での強さはサウザーのようでもあった。しかし、それは彼の一面でしかなかった。


野球を辞めた後は、、悲しいまでに野球を追い求める姿が描かれる。「人生のチャプター2がある人は羨ましいですよ」という、その言葉には哀愁が漂う。すがるモノが欲しいはずなのに、やっと見つけた父親に甘える方法を知らない。頼みの綱の野球もできない体になる。家族にも距離を置かれる。頼れるものは高校時代の知り合いのみ、で、ロサンゼルスから香川へ電話をかける。その姿は痛々しいまでに寂しい。


本書を読んで団鬼六の「真剣師 小池重明」の一節を思い出した。ラストシーンは不思議なほどに似ているように思う。

『能ありて識なきものは卑しむべし、という言葉があるが、小池はその能ありて識なき人の代表みたいな男だった。彼のように体と心がいつも均衡を失っていた男も珍しい。最後まで自分の生活に統制がとれなかった男だった。そして、宿命的に逃亡と放浪の生活をくり返していた男だ』

伊良部には野球についての突出した能力と、人並みはずれた知識があった。しかし、野球から離れると、小池重明と暗さがだぶって見える。絶望的なまでに愛に飢えたサウザーの姿のように見えてならない。